とある窓拭き野郎のハードボイルドな1日
朝。起床。熱々のコーヒーをいれつつ、タバコを一服。目が覚めてきた。
バイトの時間。家を出てバイクのエンジンをかける。暖機運転中にまた一服。
相棒(バイク)が暖まってきたので発進。朝のクソ渋滞をバンバンすり抜けて行く。エンジンのフケがいい。相棒は今日もゴキゲンだ。
交通安全週間だからか、今日は警察が多い。うぜぇ。権力の犬どもめ。
線路沿いを走る。電車と並走。ギッチギチの満員電車。養鶏場の鶏以上の密度だ。俺は、ああはなりたくない。てかなれねぇ。人間だから。
30分ほど走り仕事場(現場)へ到着。俺のバイトは窓拭き。今日は1人現場。つまり俺しかいねぇ。
とりあえずビルのオーナーに挨拶。毎月入ってるから、勝手知ったる仲だ。
外側から作業開始。屋上に上がりロープの準備をする。
しかし冬だから寒い。手がかじかむぜ。
1人現場が好きになったのは、いつからだろう?昔はみんなでワイワイ仕事するのが好きだったけど、いつからか変わった。多分若手と話が合わなくなったからだな。俺も年くったもんだ。なんせこのバイトを始めて、もう20年弱。会社でも古参の部類に入る。
上京と同時に始めたこのバイト、最初は数年で辞めるつもりだった。なんせ若い頃の俺の夢は、音楽で食ってくこと。つまりプロになることだった。
両親の反対を振り切り、ギター1本持っての上京。すぐにプロになるはずだった。プロになるまでの間、生活費を稼ぐために窓拭きのバイトを始めた。
それで気がついたら20年弱やってんだからな。。バイトっていうか仕事だわ。こんな歴の長いバイトはねぇ。
慣れた手つきでロープをセット。1本、また1本と、黙々と降りていく。
スクイジーの扱いもお手の物。まさかこんなに上手くなるとは思わなかった。
バイト初日。先輩が丁寧にスクイジーの使い方を教えてくれた。
失礼な話だが、俺は熱心に聞いていなかった。
「こんな道具の扱い、どうでもいいぜ。慣れる前に売れてやる」
青すぎる、真っ青な考えだった。
そんなスクイジー、今ではギターよりも上手い。当たり前だろう、30歳をこえてからは、断然スクイジーを触ってるのだから。
ギターは触らなくなった。まだプロを目指していた20代の頃は、毎日練習していた。触らなくなったのは、バンドの解散後。
30歳のとき、バンドが解散した。ずっと同じ仲間と組んでいた。
20代半ばを過ぎて、俺達はプロになれないと、うっすら気付き始めた。多分みんな同じ意識だっただろう。
30を前にして、諦めの空気が漂いだした。で、結局解散。
解散後、俺の中で何かが崩れた。それは自分への自信であったり、音楽への情熱だったのかもしれない。確かなことはひとつ。俺に音楽の才能は無かったってことだ。
とにかく、ほとんどギターに触らなくなった。夜、泥酔してたまに触るくらいだ。
情熱を傾けたギターでは食っていけなかった。情熱を傾けなかったスクイジーで食えるようになった。なんて皮肉だ。
ロープにぶら下がり、フワフワとした宙吊りの状態で窓を拭く。
フワフワしてるのは、俺の人生も一緒。音楽も窓拭きも、どちらも中途半端。いつまでたっても足元が定まらない。浮ついた状態だ。
そうこうしているうちに、最後の1本。ここはコンビニの上。気を付けないといけない。
気を付けちゃいるものの、案の定通行人に汚水が飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。風のバカヤローが。
1人のババアがこっちを睨んでくる。どうやら汚水がかかったみたいだ。「うるせえババア!そんくらいでゴチャゴチャ言うんじゃねぇ!」てな勢いで睨み返す。
てのは嘘。「ごめんなさーい」なんて言いながら、愛想笑いをふりまく。俺の牙はもう無い。
汚水をかけたうえに、ガン飛ばしたなんてクレームが入ったら、おそらく俺はクビだろう。40手前、この仕事をクビになったら辛い。代わりの仕事を見つけるのは大変だ。いや、同じ条件の仕事は見つからないだろう。。考えたくもない。会社にしがみついてるサラリーマンのことを、俺は笑えない。奴等の方が上等だ。
外側終了。飯にする。牛丼。もう何年主食にしてるんだろうか。安くて美味い。ただ、なにか虚しい。俺の体は牛丼で出来ている。
午後の作業開始。内側。気を使う。外の方が何倍も気楽だ。
2階のテナントに、クソうるせえババアがいる。窓際に山ほど物を置いてるくせに、全部やれ、なんてぬかしやがる。
このババア、高校のときの担任にそっくりだ。顔も性格も。
高校の担任には歯向かった。たてついた。何度も殴りそうになった。「高校だけは出て」なんて言う親のために我慢した。
で、今また我慢している俺がいる。しかも今度は歯向かわない。歯向かうどころか、俺には牙がない。
「はい」という返事を連発し、愛想笑いを絶やさず、ババアの言いなりになる。
高校のときの俺、頼むから見ないでくれ。
神経をすり減らしながら、なんとか仕事終了。オーナーさんからの「ありがとう」に心を癒される。思えば今日初めての癒しだ。
バイクにて帰宅。冬の窓拭きも辛いけど、バイクも辛い。
俺の家には風呂がない。銭湯通いだ。しかし冬は寒いので、行くのが面倒くさい。冬場も毎日銭湯に行ったのは、まだ彼女がいたときだけだ。
20歳から9年間付き合った彼女がいた。同い年。同棲していた。俺のビックになるって言葉を、本気で信じてくれた。いや、くれていた。
俺は音楽に夢中で考えてなかったが、向こうは結婚も考えていただろう。29歳のとき、「私もう待てない」という定番中の定番のセリフを残して、彼女は去って行った。
彼女との別れ、バンドの解散。俺の酒量は年々増えていった。
そんなわけで今夜も呑む。早速呑む。冷蔵庫から金麦を出す。1缶目、一気に飲み干す。冬だからって関係ねぇ。第3のビールだからって関係ねぇ。金麦と大五郎があれば俺は幸せ。
酒に関して能書きは垂れねぇ。酔えりゃいいんだ。酔えりゃ。
飲む。飲む。飲む。
かなり酔っ払ってきた。部屋の隅にあるギターを手に取る。んで弾く。
ボヤけたメロディー、あやふやなビート、歪みすぎたサウンド。最近は酔っ払ってないとギターを弾けない。言い訳が出来ないから。。
沈んだ演奏が酔いを加速させる。いや、加速したくなる。
最近Facebookで知ったのだが、他のバンドメンバー3人中、2人は結婚して子供が出来たらしい。家族に囲まれて幸せそうな写真があった。ロックスターを目指した奴とは思えねぇ顔だった。奴等は人並みの幸せってやつを手に入れたみたいだ。俺には分からんが。
俺の幸せってなんだろう?最近良く、こんなことを考える。俺の幸せ。俺の人生。この先のこと。生きる意味。
俺はどこへ向かうんだろう?不安が募る。酒が足りない。飲む。
飲む。飲む。
睡魔が襲ってきた。寝よう。暖かくして寝よう。
明日も仕事。また窓を拭く。
1人フワフワと。